エアプランツ

 街に出ると放られた男を見かける。公園のベンチの上だったり、路上の隅だったり、必ずしも浮浪者の風体ではなく、普通の身形の男もいた。そばを通りすぎる人群れは、渡りの形態でひたすら一方向に進む。戻ろうか、戻って声を掛けようか、と思う気持ちが食道のあたりにざらついた感覚を残す。
「Kさん死んだの今頃じゃない」「簡単に殺さないでよ、Kさん、まだ生きてるよ」「まだはないんじゃない」「ああ、まちがえたぁ、Kさんどうしているのかなあ。ぼく、Kさんのこと結構好きだったから」「うん、やさしい男だったよね」「過去形はやめてよ、まだ死んでないんだから」「あっ、そうかぁ、でもあの、草や木状態なのかなあ」「それを言うなら植物状態でしょ」「あっ、そうそう。それってのどかな感じかなあ」
 仕事場の南向きの窓に、カランコエやポトスに混じって白い皿に乗った球根状のものがあった。これは何? と聞くと、「ああなんだっけ」「名前忘れちゃった」「水も肥料もやっちゃいけないんだって」「へぇーそれで花が咲くの?」と言いあうちに幾日か過ぎ、その植物の存在さえ忘れていた。
 Kが倒れたのは六月の始めで、それから一月ほどして別の病院に移されたと聞いた。意識があるのかどうなのか確かな情報はなかった。
 お見舞いっても、どこの病院にいるかもわからないし、行っても意識がないんじゃね……。

 古びた木造校舎の教室を出たところでKに会った。Kは、あっと驚いた声を上げ、野崎さんでしたかと照れたように笑った。「どうしたの、久しぶり。お元気でした」「まあ、なんとか」「あっ、そうそう、突然だったものだから、斎場の正式の名前と住所がわからなくて、それとKさんの下の名前がわからなくて、トシオだったかしら」「はい、そうです」「どういう字かわからなくて、トシオの。一年の年に男とでもしておいて下さいって言ったら、電報のお姉さん、字が違うと失礼なことになりますよ」
 弔電、届いたかどうだかわからないから心配だったんだけど、と言うと、Kはありがとうございましたとしか言わない。
「押し花電報、刺しゅう電報、お線香つきなどもございます……」と続くセールストークを無視して、「告別式は十二時なんですけど、弔電届くんでしょうか。大丈夫でしょうね」と声高に言う自分が、なんだか可笑しかった。
 でも大変だったでしょ、と話をつなげると、別に、私事ですからたいしたことありませんと言うKの柔和な顔に暗雲がさし、怒りとも悲しみともいえない表情に変わった。Kのそういう顔は見たことがなかったので、どうしたのだろうかと思った時、夢から醒めた。なんていう夢だろう。それでも困った顔のKを思い出してまた可笑しかった。

 仕事場でKがまた転院したという話を聞いた。今度は郊外の個人病院だと聞いた。「セイホ(生活保護)の患者じゃ、タライ回しはしょうがないですよ。Kさん、身寄りがないっていうし、見舞い客もいないんでしょうね」と言う話を聞いて、見舞いに行きたいと思ったがどうしてKに拘るのかと踏切りがつかなかった。
「Kさん心臓悪かったんでしょ」「ペースメーカー入ってたの」「血栓が詰まって何度も倒れたらしいよ。それで半身が不自由になったって」「あの時、駅で倒れる前の日よ、気分が悪いって言ってたもの」「でも、饅頭もくもく食ってたよ」
 三時の休憩時間に、誰かのお土産の温泉饅頭をKが嬉しそうに食べていたのを覚えている。Kさん、お腹出てきたんじゃないの、と言うと、ああ、そうですかと言う。「太ると心臓によくないんでしょ」「いいんです。死ぬ時は死ぬんです。身内は猫だけですから。猫は心配しませんから」と、目をぱちぱちとし、まだ口のなかに饅頭が残っている状態で言った。それからゆっくりとお茶を飲んで、左手で二つ目の饅頭を持った。
 おっとりしてどこかユーモラスなKの姿を思い出し、倒れた時のKはどうだったのだろうと想像すると、救急隊員に運ばれる担架の上でにこにこしているKの顔が浮かんだ。
 どすん、という音を聞いてから倒れたわけではないのに、横倒しになった状態で倒れた音を聞いていた。まるで魚市場のマグロだろうなと人事のように思い、可笑しかった。そんな中で意識だけがさえざえとし、通り過ぎていく人の無数の足を逆さに眺めながら、身体が地べたにめりこんでいくような気がした。ホームの屋根の横に見える空とまともに向き合ったのも可笑しな感じだった。担架に載せられると視界が少し高くなり、時折覗きこむような衆目を浴び、得意気にさえなっていた。痛みはぜんぜんなく、意識はいつもより鮮明で、どうしてかKになりかわった私は、非日常の時間を楽しんでいた。
 集中治療室に運ばれ、様々な管をつながれた。暖かさと柔らかさの中で次第に心地よい眠りに襲われた。何も心配ごとなどないと思っていた。ニャア、ニャアという鳴声を聞くまでは。ああ、病気の猫たちだ。腹がすくのは耐えられないだろうなあ、と思うと胃袋がきりりと痛んだ。目を開けるとあたりは真っ暗で、じめじめした感じのする場所だった。黴臭い匂いを臭いで、自分にまといついていたものをうっとおしく思い出した。部屋には風呂がなかったから、週に二度、施設の風呂を利用させてもらっていた。濡れたタオルや石けんをビニールの買物袋に入れて持ち歩くと、臭い臭いと言われた。
 また猫の鳴き声を聞いたような気がした。病気は伝染性の腹膜炎で、放し飼いにすると他の猫にうつるから、三匹をそれぞれのゲージに入れていた。可哀相なことをした、檻に入れて飼うぐらいなら猫イラズでも食べさせればよかったのだ。
 猫に対する責任というか執着が、私を目覚めさせた。私は自分の身体が動くことに気づき、立ち上がった。身体がひどく軽くスリムになったような気がした。
 薄い明かりが見えた。その明かりを目指して人の列が見えた。なんの列かわからないが、お釈迦さまが下ろした「蜘の糸」に縋る亡者の群れのようだった。あの明るい光は、天国の光りなのだろうか。……待つという時間は、未来があっての感覚なのだろうと思った。いつのまにか自分の前の人が消えて行き、先頭に立っていた。明るい部屋に通され、椅子に坐らされ、何か言われているのだが耳を傾ける気力もない。どちらかを選べと言っているらしかった。目の前で赤と緑のボタンが点滅していた。
 めんどうくさいなあ、と思っていると、彼らはしきりに緑のボタンを進める。緑のボタンに触ると、「ありがとうございます。地球は炭素ガスに覆われています。地球を救うのはあなたです」というメッセージが流れ、どういうことだろう? と思うと、「緑のボタンは再生ボタンです。あなたは植物に生まれ変わります」「ご希望は?」ピーマン、トマト嫌いなんです。ポテトは好きですが……。「食用野菜ではありません。観賞用植物です。例えば、バラとかチューリップとか」嫌ですね、そんな気づかれする花。できたらレンゲとかタンポポとか。「その種はクローン植物にはありません」だから、なんでもいいですよ。「ご希望は言ったほうがいいです」どうでもいいんですが、面倒臭くないのを。「少し具体的に」なるべくすっきりしたのがいい。「すっきりとは」世話のやけない、虫もつかないやつ。「もう少し具体的に」なんにもいらないけど、お日さまだけは欲しいな。

 黄昏の少し湿った空気に懐かしい匂いを感じ、立ち止まり辺りを見回すと、生け垣の緑の中に地味な橙色の花弁を見つけた。金木犀の薫りは、ホルモン系統を刺激するらしく、どわーっとしたたり落ちる感情の流れを感じてしまう。すると、春先から秋口と継目もなくすんなりと繋がってしまい、そういう不思議な時間の交叉は夢の中の時間のように自由自在に行き交った。
 Kの死を知ったのはKが亡くなって一月ほどたってからだった。私を追い越して行った陰気な男(ケースワーカー)に声をかけたら、「K、ああKか、あいつ死んだよ」うそーっ。「確か死んだって聞いたよ」ええっ、聞いてない。「そうか、K、貴女の仕事場にいたんだっけ」男は少しだけ神妙になり、「Kのヤツ、幸せだったんじゃないの。好きなことして、さっさといっちゃったんだから」
 本当の事を言うと、Kはとうに死んでいるのではと思っていた。やっぱりそうでしたか。そこでうるうると感傷的になった私は、ちょうど日暮れていく闇に乗じてはらはらと泣き濡れる心地に酔いしれた。暗い私の足元に孤児の蟻が一匹いたとして、それを私が「秋の日のビヨロンの〜」と歌いながら踏み潰し進んでも、それが摂理というもの、仕方ありません。
「ああ、九月の末だったかなあ……葬式? 遺品? 担当のワーカーがいますからね。ちゃんとやってくれますよ。詳しいことがわかったら、またご報告しますよ」その場しのぎの言葉を聞きながら、なぜか悔し涙がにじみ出て、「くそっ、だれが残してやるものか、生きてきた痕跡なんて」と、深く深く心に刻みこんだ。

 人はあっけなく死ぬものだ。その都度思い知らされたが直ぐ忘れてしまった。じっと手を見、撫で、さすり、その手が自分でないように感じられてくると、連続した紋様が見えてくる。ものの本で読むには、皮膚とは繊維状のケラチンで囲まれた死んだ細胞で、その生成は炭素、水素、酸素の原子ということだけれど、私は酸素も水素も炭素も実物を見たことがないからどうでもいいことなのだ。どうでもいいついでに、その原子というのが、ずうっと以前に死んだ星の深い内部でつくられたもので、ひとの身体の中には宇宙の初期につくられた重水素とかリチウムさえ存在するのだという。
 ある日、窓ベに放られていたエアプランツの葉が膨らんいるのに気づいた。なるべく光のあたるほうにと移動した。すると青紫色のシルクのような花びらが開き、ジャスミンに似た甘い薫りが漂った。

air plants(エアプランツ)
気生植物 根がほとんど発生せず、空中湿度だけで育つ小形植物