交 感 

 二月の父の命日が過ぎると母が避寒にやってくる。
 足が悪いのでどこにも行かず四畳半の納戸部屋にこもりきる。
 一週間ほど逗留して帰る日、普段はまったく見ない父の夢を見たと言う。
 父を家に連れて帰ろうとしたが石の様に重くて動かなかったという話だった。

 母が帰ってから数週間、風邪の症状が続き、起き上がるのも大儀だった。
 そして突然暖かくなり、二十数度まで気温があがり、桜が開いた。
 巷は花見気分で浮かれている。
 そんな四月初旬の朝、呪文のような声を上げていた。

  ふしぎじゃのう。
  ふしぎじゃのう。

 喉がちぎれんばかりに唱え、その声がのどにからみついた。
 父の寝屋から鼾がきこえた。まさかと思って戸を開けて見ると父が寝ていた。
 固まったまま見ていると、父は上体を起こした。
 気味が悪くて寝屋の戸を閉め、居間に戻って母を呼んだ。
 母はどこにもいなかった。
 しばらくして、近所に油を売りに行っていた母が帰ってきた。
 父の話をすると、いつもの緩慢な動作はどこへやら、さっと寝屋に行き父を連れてきた。
 どこからか姉も現れて、母と姉、二人で父を取り囲んで私の前に連れてきた。
 すると父は、昔着ていた黄色い格子模様のパジャマ姿のまま子供になっていた。
 母と姉が、「早く……に帰りなさい」と諭した。父は帰りたくないと目で訴えた。
 少年になった父をよく見ると、やはり八十近い老人の目をしていた。父は悲しそうな目を私に向けた。
 その瞳は映写幕のように悲しいケシキを映し続けた。

 死者となった父は、言いたいことが言えないようで、一心に私の目を見続ける。
 すると、私の口から呪文のように声が出た。

   ふしぎじゃのう
   ふしぎじゃのう
   ふしぎじゃのう

 不如帰になった男のように、咽から血が出るほど叫び続けた。

   ふしぎじゃのうのことばには いくひゃくまんものいみがある
   ふしぎじゃのうのことばには いくひゃくまんのおもいがある

 ふしぎじゃのう ふしぎじゃのう と叫びながら、

   アナタはだれ
   どこからきて
   どこへいくの
   教えて頂戴
   人は死んだらどこへ行くの
   アナタのいる場所は
   どういうところなの
   人はそこに行かなければならないの。

 死ぬのが恐いんじゃない。
 死んでからも意識があるのが恐い。
 自分がどうなっていくのか、
 それを見続けなければならないのが。

 (私は死者の目と交感していた)


 2006年3月




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 わたしをふかくうめて 


 女は化粧をしながら朝の連続ドラマを見ていた。
 ご都合主義の展開に、そんなわけないジャンと嘯きながら、カップの底に残ったインスタント珈琲をすすっていた。
 電話が鳴った。
 受話器をとって、はい、と自分でも信じられないぐらい高い声で答えると、ジーッと言う雑音が聞こえた。
 「もうしもうし」
 低くか細い声が聞こえた。聞き覚えのない声だった。
 「ふぐふぐさんのオタクですか」
 へっ? と思いながらどうしてか、はいと答えていた。
 「ふぐふぐからお荷物が来てるんすが住所がないんすよ。〜市〜町二丁目三番地一と書いてあるんすが、住所がないんすよ。
どこに運びゃあいいんすですかね」
 はっ? と思いながら町名と番地を言うと、
 「ほんじゃあ、これから持って行っていいんすかねぇー」
 はっ? まだ八時過ぎだというのに。
 「三十分ぐらいしたら出かけまんすけど、それまでこれますかねえ」
 三十分したら出るけれどって、どこから来るのか、何時にここに来るのか? これますかってどういう意味? わけがわからない。
 「たぶん、いないんですけどね」
 「そりゃあ困る」
 「困るったって、出かけるんです。適当においていってください」

 外は前日の雪が残り、冷え込んでいた。
 自転車に乗り、なだらかな傾斜道を走ると、赤いバンダナを被った小母さんが手を振った。
 なぜかわからないが彼女はいつも朝の道に立って人を見送る。
 例年、今の時期は道が掘り返され、雪がなくとも道がでこぼこする。
 いつもの路地を抜け、私設乳児院の建物の前で踏み切りの遮断機に止められる。
 オートバイの黒い排気ガスを目で追いながら、遮断機があくのを待った。

 夕方、ヨッコラッショと階段を上ってくると、部屋の前にダンボール箱がおいてある。
 ドアを開け、ダンボール箱をドアの中に引きずりこむ。
 フウフウ息をあらげ、段ボール箱を見て途方にくれる。

 叩きはダンボール箱で占められている。いまのところダンボール箱の置き場所はない。女は少しずつ箱を移動しながら考えた。
 どこにおいたらいいのか?

 女は五十を過ぎている。女の生きてきた五十年がここに詰まっている。
 女は日々生みの苦しみを味わった。
 それはこのダンボール箱に凝縮できるはずもなかったが、女はとりあえずできるかぎりのエキスを搾り取っては蓄えていった。
 十月十日のウン十倍もの月日を経て、それは誕生した。それは誕生したことに意味があるわけではなく、その過程に意味があったわけだ。
 二十キロもあるそれを、仮死状態、いやもともと生体反応のないそれをどこに置いたらいいのか、女は考え続けた。
 手っ取り早いのはゴミに出す。
 ああだめだ。あの赤いバンダナの小母さんが必ずゴミをチェックして、なにか言いにくる。
 それにウン十年かけて産み落としたものをゴミに出すのはあんまりではないかと、ダンボール箱が訴える。
 一週間前、女はそのダンボール箱に住所を書いた。
 ○○県○○群○○町・・・・
 それは女の生まれた場所だが、今そこに女の生家はない。
 不明荷物は処分されるだろうから、不要なものは荷物で出してしまえばいいと女は単純に思った。

 女はその夜、夢の中で考えた。
 ああそうか、いい方法がある。地中深く埋めればいい。タイムカプセルだ。
 できれば数百年後に掘りおこされ、平成の緑式部と博物館に置かれるかもしれない。
 いやまてよ、と女は思う。昔の書き物は和紙に墨、その保存状態はすばらしいものだけれど、現在の印刷物の寿命はどうなのだろう。百年二百年に耐えられるのだろうか。
 それよりも女はその二十ウンキロを運ぶことを考えた。ゴミ袋に分けて積め、トランクに入れたけれど、どうやって運ぼうか。
 女はペーパードライバーで、車も持っていない。だいたい掘って埋めるべき土地がない。
 タクシーで川原にでも運ぼうか? 
 深く掘るには鍬とかスコップとかいるだろう。

 女は夜の町を歩いては、道路工事の穴を覗き込んだ。埋める前に発見されるのがおちだ。

 女は考え続け、一月を過ごした。そして決断した。
 とりあえずそれを地中深く埋めるには、自分の地所を持つこと、ほんの一メートル四方の地所でいい。
 ああ、いいことを考えた。墓地を買えばいいのだ。なるべく安い墓地を。
 と、ベルが鳴り、恐れいいいります。ただいま霊園墓地のご案内をしております。
 はっ、墓地というのは死体をいれるところですよね。
 はっ、もちろんでございます。シ、シ体ですか、死体はむりでございます。死体ではなく骨体でございます。
 つまりお遺骨を……。
 女はその夜、夢の中で考えた。
 見晴らしのいい山の中腹に桜の木が一本立っている。
 墓堀人足が深く深く穴をほり、そこにナキガラを入れ、土をこんもりとかぶせる。
 女はばらばらと紙の束を投げ入れた。紙は桜の花びらのように優雅に舞い降りた。
 そしてその紙の重なりの隙間から、眠っている女の顔が見えた。

 深く深く埋めてくれ。そして土に返ればいいのだ。
 どうせみな、土に返るのだから……。


 (2005・3・3)







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 一円玉

 真知子さんという人がいました。年のころは四十代。
 彼女と知り合ったのは絵手紙サークルでした。
 彼女はサークルに来ている友人の友人という関係で、毎月二回ほど二、三時間も電車にゆられてT町にやって来ました。
 真知子さんはリュックを背負い、杖をつき、その場所にやって来ました。
 各自が持ち寄った季節の花、野菜や果実などなどをテーブルの上に並べ、それぞれが何を描くか決めると、最初に墨をすり、親指、人差し指、中指で筆の上を軽く持ち、震える線で輪郭を描き、顔彩を水で薄めながら色を置いていきます。
 ほとんど自己満足の世界の絵を描きあげると、筆で文字を書き添え落款、その日描き上がったものを前面の壁に並べ、いいとか悪いとか口々に言い合い、持ち寄った菓子を出し、お茶を飲み雑談する、それで解散なのだけれど、時々は軽い食事をすることもありました。
 たわいない日常の話がほとんどですが、それぞれ、連れ合いや子供の愚痴が入り混じりました。
 真知子さんはいつも、みんなの話を静かに聞いていました。
 真知子さん、聞いたら悪いかしら、独身?
 真知子さんの表情が緩み、一人身です、と言いました。
 いいわよね、独りって……。
 まあ気楽といえば気楽ですけれど、淋しいですよ。
 そうかしらね。
 私、結婚してたんですよ。
 唐突に真知子さんが言いました。
 ほんの一年かそこら、すぐ離婚したんです。というか捨てられたのね。
 すーっと、まわりの音が消えたような気がしました。
 妙に弾んだ声で真知子さんは話し続けました。真知子さんは誰かに話したかったのかもしれません。
 私、病気持ちでしょ。それも難病で、欲張りで二つも持っているの。
 真知子さんは、保母さんをしていたと言いました。
 子供が大好きで、いつか自分も子供を生みたいと思っていたと言いました。
 二十三、四歳を過ぎたころから病気の症状がでていたの。
 傍目にはわからないけれど病気は進行していた。
 付き合っている人がいてね、結婚の約束をしていたの。
 私、彼にね、別れるつもりで自分の病気のことを話したの。
 彼は、病気のことなんか気にしないと言ってくれた。
 うれしかったわ。彼と結婚した。
 私ね、テレビの身の上相談で、ひどい旦那の話とかやっているでしょ。
 ああいうの、テレビ局の作り事だと思っていたんですよ。でも、本当にあるんですね。そんな話。
 真知子さんが妊娠をした。彼は喜ぶどころか冷たくなった。妊娠を機に真知子さんの体調は一気に悪くなった。
 殆ど起きていられず仕事も止めた。
 夫は家に帰って来なくなった。たまに帰っても酒を飲み、暴力を振るった。
 夫は言った。子供は生むな。病気のお前の子だ。障害児だったらどうするんだ。誰が育てるんだ。
 お前の面倒も大変なのに子供の面倒まで見れるか。
 夫の暴力に耐えかねて離婚した。離婚できるだけでいいと思ったので、慰謝料ももらわなかった。
 身寄りがなかったから数少ない友人の助けと、わずかな貯金を切り崩し生活した。けれど身体が持たなかった。
 子供は流産した。
 もう子供を作るのは無理だろうと医者に言われた。臨時雇いで、また保母に復職したけれど、病気は悪化する一方で、働くことができなくなった。
 わずかばかりの障害年金で暮らすことになったの。
 ガラス張りの喫茶室に、穏やかな陽光がさしていました。
 かすかに聞こえる音楽と人の話し声が淀んだ空気のように漂っていました。
 ウエートレスがお水はいかがですかと回ってきました。呪文がとけたようにみなが身動きを始めました。
 大変だったのね。でも真知子さんて、明るくて、前向きで、とてもそんな風には見えなかったわ。
 ありがとう。私ここに入れていただいてほんと嬉しいの。
 みなさん優しい方たちで、ほんと楽しくて。三浦さんってほんとあったかい感じの人。
 きっと素敵な旦那さんやお子さんがいらして、お幸せなんだろうって……。
 真知子さんはそう言って、ひっそり笑いました。

 それから、静かに聞いているだけだと思っていた真知子さんが、時々話題に出る夫や息子の話を、熱心に聞いているような気がして、ことさらに息子や夫の駄目さ加減を吹聴したのです。

 その後、真知子さんはしばらく絵手紙教室に来なくなりました。
 そして半年ぐらいたってからでしょうか、突然やって来たのです。今度はいつもの杖でなく、両方に松葉杖をつき、足は包帯をぐるぐる巻きにして、男物のサンダルを履いていました。
 「足の骨が溶けてないんです。自分の身体を支えるのが大変。でも、来たくて来たくてたまらなかったんです。うれしい、また三浦さんにお会いできて」
 私はなんだか怖いような気がしました。

 そうこうしているうちに、発起人の山岡さんが亡くなって、平均年齢六十ウン歳の会だからいたし方がなかったのですが、みんなで山岡さんを送る会をし、絵手紙熱も冷めたのを機に解散することになりました。

 それからは、真知子さんとの付き合いは年賀状のやりとりだけになりました。
  ある日、電話をとると、「こんばんは。わかりますかしら」と、やわらかい女性の声がしました。
 少しべったりした甘えた物言いが、友人の声に似ていたので、あら石川さん、どうしていたんですか、お元気でした?
  しばし無言が続き、ごめんなさい。石川さんじゃなくて、私、荒井です。荒井真知子です。
 ああ、荒井さん。ごめんなさい、声が似ていたから間違えてしまって。お久しぶりです。お変わりありませんか。
 ありがとうございます。三浦さんのお声が聞きたくてお電話しましたの。ごめいわくじゃないかしら。
 いいえ、ご迷惑なんて。
 今、お話して大丈夫かしら。
 はい、大丈夫ですよ。
 三浦さんて、とっても素敵で、あったかくて、なんでも話したくなるの、どうしてかしらね。
 私は、なぜかいつも聞き役になります。
 「ここだけの話、誰にも言わないで頂戴」という話を友人や身内からも打ち明けられます。

 人はどうして秘密を持っていることができないのでしょうか。
 誰にも言ってはいけないことを聞いた私はどうなるのでしょう。
 誰にも渡してはいけないと腐った食べ物を持たされたようなものです。
 私は持っているものの悪臭に耐え切れなくなりました。
 この腐り、発酵した汚物をどうしたらいいんでしょう。
 川原に穴を掘って埋めましょうか。
 風の強い日は、川原の葦が揺れるたび、「王様の耳はロバの耳」と聞こえるでしょうか?
 そんなことはいいのです。
 私が知りたいのは、なぜ、真知子さんが私にそんな話をするのかということです。

 ねぇー、信じられます。
 朝起きたら、目が見えなくなっていたんです。
 ほほほほ……、と真知子さんの笑い声が聞こえます。
 ああこの女、とうとうおかしくなったのかしら、と思ったのです。
 こんな話し、聞いていただいてご迷惑じゃないかしら。
 いいえ、大丈夫ですよ。
 私の好奇心が目覚め、耳がダンボになりました。
 信じられます。
 お買い物に行って、もらったおつり銭の一円玉に綺麗にフリルがついていたんですよ。ホホホホ……。
 その一言のイメージがあまりにも強くて、夢にまで見そうでした。

 私、さっぱりしましたの。これぐらい不運だともう居直っちゃって、笑うしかないでしょう。
 目が見えなくなって、もう世の中の幸せな人たちを見なくてもいいのです。
 私は病気であることを認可され、生活困窮者であることを認可され、生活保護を受け、医療費も免除され、いろいろな援助や給付を受け、生きることが、ほんとう、楽になりました。
 眼が見えなくなって、たくさんの不安から開放されました。
 おかしな話しですね。
 今、ゆったりとした時間を過ごすことができて幸せです。

 しばらく無言の時間が続きました。真知子さんの息遣いが聞こえるようでした。

 ……私は私のみすぼらしい姿を見ることもなく、三浦さんの幸せな顔も見ることがないのですからね。

 2006年







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 黒 子

 わたしごときものが述べるのは恐れ多いことかもしれませんが、およそ半世紀も生きてきまして、とみにこの数年、まだらぼけというのでしょうか、意識が途切れている気がする時があります。
 そういう気がするだけで、ただそういう気分がつながっているというだけなのかもしれませんが……。
 この世界には空気というのが満ちていて、その気体を身体に入れたり出したりしなければ生存活動ができないものらしいですが、どう表現したらいいものでしょうか、一日のうちに何度か目覚めるというか正気になる瞬間がありまして、それは一秒ごとに目覚めているわけでもなく、一脈拍ごとに目覚めているわけでもなく、その時に感ずる余白の多さといいますか、たとえば何拍休んでタンタンという……その休符時間がしらずしらず長くなり、けれど休んでいる時間というのは時間がないのだから長さ云々はおかしいのですけれど、「タンタン」ではっと我に帰った時に、得体の知れぬ重さが増し、息苦しいような気がします。ということは四六時中目覚めているわけではなく、瞬きの目蓋が下りている間は此処にはいないのであり、此処にはいないということは何処にいるのかといわれますと、それは知る由もありませんが、たぶん気が付かない内に目蓋が閉じている時間が長くなり、そして知らないうちに永久に閉じてしまうのかもしれません。
 目覚めた後のぼんやりした頭ではまだ意識がどっぷりエーテルに浸かっているようで、ちょうど遊園地のコーヒーカップに揺られた後のように、私は何処という感じで茫洋としています。

 父が亡くなる前に失語症とやらになり一切言葉を発しなくなりました。最初は父の目が生々しく燃えているように思えましたが、次第にあきらめの色が見え、そして澄んだ湖水のように樹木の影を写すようになりました。植物には感情があるんだそうです、と何かで知りましたが感情があっても表現ができないのなら、それが何になるのでしょう。父が植物のようになって、その沈黙の感覚が、わたしのまだらな休止符の時と同じものではないかという思いが最近とみにわいてきまして、父は亡くなったのではなくわたしの生きている時間の隙間に入りこんでいまして、もしかして、その父の隙間には父の母、つまりわたしにとっては祖母や祖父が入りこんでいまして……延々とリフレインされているのではないでしょうか。そのエーテルの重さというのが言いようもない質量で、ぼおっと宙を見つめながらひどく満たされ幸せな気持ちになるのです。
 こういう気持ちに侵されているわたくしは決して今流行の宗教に被れているわけではなく、単純におてんと様を見上げた時のような幸せな感じであり、それはやはり植物的な幸福感なのかもしれないと思います。

 わたしの中に父が入りこんでいると思うようになりましたのは、父が亡くなってからでありまして、けれど父が亡くなる前から同じような意識が続いているという感じも拭いきれないのです。わたしは知らず知らず変態し……前のわたしを引きずりながら、もっと静かな気分だけのわたしがわたしの中の何処かにいるような気がしてなりません。それで、気が付いたのが、一つの黒子。たぶん、わたしが生まれた時から付いている黒子がありまして、奥手なわたしはそれに気が付いたのが初潮を迎えた年でした。それは黒い乳首のようでした。父が男児を欲しがり、真っ黒な男の子が生まれたぞと喜んだのも束の間、付いているものがなく、その辺りにぽつんと黒い小豆状のものがついていたということです。
 なんだこんなにちぢこまって、男のなりそこないかと嘆きましたが、実の所、父の左肩辺りに同じような黒子が一つありまして、母がそれを指し、「父さんの母さんにもあったというではありませんか」と言い、そして「良かった良かった、こんな日陰の場所で、顔の真ん中に出てきたって誰にも文句は言えません」
 良かったのか悪かったのか、日陰の人生を半世紀も送り、陰にこもって偏向的性格になり、わたしはわたしはと、ド根性カエルのピョン吉のようにわたしの中に住み込み、どっちがわたしなのやらわからなくなってしまいました。
 最近つらつら思うのです、気分というか、思う主体というのが、もしかしてこの黒子ではと思うのです。この黒子には父の思いがあり、父の母の思いがあり、そのまたご先祖さまの思いというのがぎっしりと詰まっており、その思いがよみがえる瞬間というのが一小節から何十小節までと、知らず知らず長くなっているのを気づくはずもありません。わたしがわたしを見ているわけもなく、わたしの時間を測ることもできません。

 と半世紀も生きてきまして、もしかしてわたしはやはり黒子なのかもしれません、と思うようになってきたのです。茫洋と中空を見つめている時など、ああ今のわたしには父が居る、あの哀しいような父の目がありありと浮かんでくるのです。父も今のわたしのようにエーテルを一杯ためこんで無限の空間を見つめていたに違いありません。
 わたしは一つの黒子であり、一ドットの点でありますと静かに発信していたに違いありません。

2007年 掲載



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 犬を連れて


 早朝、遠慮がちながら癇に障る犬の鼻声に起こされ、散歩に出る。
 冬の日の出は遅い。東の空を望むと建物が重なりあい黒い影のデコパージュを形成している。
 覚醒しない頭で、上空だけを見続ける私とは反対に、犬はひたすら地面に鼻面をこすりつける。
 そして草むらに頭を突っ込んで動かない。
 茫洋と先に進む私が、杭に繋がれたもののように引っ張られる。地に足のつかない人と、草の中にもぐろうとする犬の外出は矛盾を極める。
 私は、断固現実に引きとめようとする犬により、やや覚醒する。
 私の体の血が騒ぎ、怒りが筋肉を刺激する。綱引き合戦がはじまる。
 犬は腰を落として引っ張る。私も意地になり、体重をかけて引っ張る。
 すると彼は未練気に斜めに後ずさりをし、とぼとぼと頭をたれてついて来る。
 けれどその状態も数分と持たない。彼は反省もしないし、学習能力もない。
 だから犬でいられるのかもしれない。彼はまた新しい発見を求めて草むらに頭を突っ込んでいく。
 時には、そんな興味深いことがあるのだろうかと思い、犬の目線と同じ位置に屈み、彼の目的物を追って見た。 
 よつん這いになるわけにはいかないから、つらい体制だったが、頬に触れるぐらいの場所に犬の顔があるというのはおかしな感覚で、彼もそれを感じたのか、固まってしまい、頭をもぐりこませようとはしなかった。
 そこに彼の興味をそそるなにがあるというのだろう?
 犬との格闘に踏ん切りをつけ、ゆっくり歩き始める。

 視線を上げると三角屋根のシルエットの向こう側が青と紫のグラデーションになっている。
 夜と朝の際を見ていると思いながら、頭の中でそのフイルムをつなげている。
 吐く息が白い。冷え冷えとした空気は心地いいのだが、湿度10パーセント以下の世界は、地球外に放り出されたように、過酷に自己感覚がうすれていく。
 ううぅ…と犬が威嚇の声をあげる。生垣の向こうになにか気配を感じたらしい。
 彼は臆病だ。ちょっとした物音にもおびえる。何かいるのだろうかと目を向けても、極度の近視の私には何も見えない。
 この辺りは川原に住んでいる狸が時々出没する。この前は公園の水道の水でアヒルを遊ばせている男を見た。
 男は私を見て、懐にアヒルを入れそそくさと退散した。
 狸にアヒル、次はなんだろう? その話をすると皆面白がった。
 まあ、なんだっていい。世の中動物より人間の方がよほど興味深い、と苦笑いしながら空を見上げると、西の空に白い月がくっきりと出ていた。


 暮れの忙しい時期、突然吐き気を覚えた。
 激流を下る勢いでそれはやってきて、胃を裏返すごとく吐き続けた。
 幸いなことなのか家族全員、といっても三人とも同じ症状で、その日の夜から次の日の夜まで何も食べず寝続けた。
 何も食べないのだから家事をする必要もなく、誰も病院に行こうともせず寝続けた。
 そして朝が来て、ただ一匹健康な犬の餌をねだる声で起こされた。
 身体に力がはいらないが、なんだかからっぽな胃が爽快ですらあった。
 困ったのは犬の散歩だった。結局いつもお鉢は自分に回ってきた。
 しかたなくダウンのコートに襟巻き、帽子、マスクに手袋と完全防備体制で犬を連れて外に出た。
 この二日間ぐらい餌をあげるだけでろくに散歩も連れていかなかったから、犬は興奮してリードを引っ張った。
 日差しはあったが、恐ろしく空気が冷たかった。街路樹の銀杏の葉が散り、金色の絨毯が敷き詰めれられていた。
 煌々と光が差している。ふと歩道の切れ目のところに黒い影を見つけた。黒っぽいズボンに黒いダウンのコートを着た女がいる。 ああ、今日もいた。どうしてこんなに良く会うんだろう。私を待ち伏せているのだろうか。
 遠目に彼女を観察する。腕に傘をさげ、うつむき加減に歩き回る。時々顔を上げ、あたりを見まわす。
 「こんにちは」
 彼女は顔をそらし、私に背を向ける。すると私は意地になり、彼女の正面をのぞきこむように「こんにちは」と言う。
 しばらく間があって、彼女は顔を持ち上げ、私の目と焦点が合うと霧がはれたように真顔になり、
 「ああっ、こんにちは」という。
 足踏みをし、傘の先を地面に打ちつけながら、ふんふんと歌うように呟く。
 「似てるわね」
 「えっ」
 「似てるわね」
 少女のような笑みを浮かべている。
 今まで聞かれたこと以外話すことがなかったのに、彼女がなにを言っているのか真意を測りかねて聞き返す。
 「飼い主に似るっていうものねぇー……」
 ああ、犬に似ているってこと、失礼するわね。こんな落ち着きのない、食い気だけの犬に似ているっていうの? 
 「かわいいわねぇー」
 「犬好きなの」
 「ううん、大嫌い」と言いながら身体を少しよける。
 好きでもないのにかわいいなんて言うなと心の中で嘯き、「寒いわね」と言う。
 「そうねぇー」
 彼女は人事みたいに受け流す。
 いつも聞きたいと思っていたの。どうしていつも道に立っているの? 誰かを待っているの。
 ……言ってはいけないことのような気がして、それでもどうしても言いたくて、
 「誰か待ってるの?」
 彼女は答えをはぐらかすように、
 「ううん」
 ここまでは大体いつもと同じ会話だけれど、その先が続かない。
 私が毎日犬の散歩をするように、彼女は毎日外に立っている。
 夏の暑い日も、冬の寒い日も、早朝から夜遅くまで、時間は一時間の時もあれば二、三時間の時も、一日に何度か路上に立っていた。そして彼女の持ち物は犬ではなく、傘だった。
 娘から彼女の話を聞いたのは、もう二年ほど前のことだった。
 黄昏時に辻に立っている女がいる。頭は真っ白なソバージュで、傘を持っていて、笑いながら行ったり来たりしている。
 一時間二時間……時々場所を移動しながら立っているから、車で通りすがりに見かけるとびっくりする。
 夜なんか、真っ白な髪をゆらゆらしながら立っているから、この世のものでないような気がして……。
 その彼女が娘の同級生の母親だった。
 大柄な体躯で陽気な人だった。もう十数年前だけれど、家にお邪魔したことも何度かあった。
 「ここに立ってなにしているの?」
 と聞く言葉も不自然だなと思いながら彼女に問うと、彼女は、ふんふんと歌うように、
 「車の数、数えてる」
 「車の数? 」
 「家にいたって、よからぬこと考えるでしょ」
 と彼女はそっぽを向いた。二人で話をしている間を自転車が迷惑そうに通り抜ける。
 彼女との間に隙間があき、犬が待ち構えたように引っ張る。
 引っ張りすぎてげーげー嘔吐しながら、彼女から離れろといわんばかりに犬は引っ張り続ける。
 「じゃあまた」と言いながら犬に引かれ、引っ張ってどこに行くのかと思うと草むらに顔を突っ込む。
 草むらの中に宝物があるみたいに、かぎまわる。
 意地になって犬を引き、顔をあげるとまっすぐ続く道の先は妙に閑散としている。
 今気づいたように、なんだろうこの寒さは、と思い早く帰ろうと犬を引っ張る。
 角を曲がって、犬をぐいぐい引っ張り、「もう帰るよ、寒いんだから」と呟きどんどん進む。
 からからと乾いた音がする。何の音だろう。ふと後ろを見ると緑色の犬の首輪が外れて、地面を転がっている。
 えっと思うと、首輪から外れた犬が首輪に頭を入れようとあたふたしている。おかしくて笑った。
 辺りを見ると人気はなく、あかるい日差しが差している。
 犬の首をつかみ首輪の留め金を止める。手袋をしているせいか、なかなか止められない。
 犬は逃げようともしないで、早くしてくれ、というふうにじっとしている。
 また犬を引っ張り、道を歩く。いつもの辻に近づくと、彼女の姿は見えなかった。


 一寒一温の日々、曇り空のした犬を連れて出る。
 眼鏡のレンズがうっすらとくもっているような実妙なあわい。
 立ち止まり、視線の先に見えるものが、彫像のように動かない。
 奇妙な輪郭だと思ったのは、立ち止まり続ける人、彼女しか考えられない。
 少しの距離を置いてお互いにたち続け、私は犬を連れているから、犬が動かないから止まっているのだと理由付ける。
 彼女が動く。私も犬を引っ張る。畑を挟んで並行する道を歩く。
 彼女が見える。垣根の隙間から、針金のフェンスから、ふっと姿を現しては消える。まるで影のように、止まっては進む。
 彼女も思っているのかもしれない。
 ああまた向こうから犬を連れた女が近づいてくると……。


2007年 掲載

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 冥土喫茶

 遠縁の叔父さんが末期癌だと聞いた。
 見舞いに行き、病院で迷子になった。やっと病室にたどり着いたけれど、叔父さんはすやすやと眠っていた。
 叔父さんの娘がことの経緯を話した。
 一月前に病院で検査したときは何も言われなかったんですよ、と。
 それが腰が痛いと言うんでまた病院に行ったら、もって二週間ですって。あんまりじゃないですか。
 なんとも返す言葉がなく、黙って聞いているだけだった。
 家に帰って、そろそろちゃんとした喪服を買わなくてはと夫に言い、近くにある紳士服の店に行った。
 平日の昼だから、お客は一人もいなかった。ぴかぴかにみががれた床に汚れた靴で入るのが気が引けた。
 二階の礼服コーナーに向かうと、中年過ぎの恰幅のいい店員がすっと寄ってきて、お祝い事でしょうか、と言う。
 いえ、と言うと、そうですか、お急ぎですかと言う。
 もしかしたら今日明日ということも。
 それでしたらお直しも今日中には……。
 店員は夫の背格好を目ではかり、サイズはこんなところでしょう。
 あまり良いのはいりませんと言うと、ではこれをお召しに、サイズはお合いになると思いますよ。
 明日には仕上がると、てきぱきと無駄のない応対にのせられ喪服を購入した。

 翌日、その店に洋服を受け取りに行った。
 昨日よりは客がはいっていて、昨日の店員は接客中だった。
 店の中ほどに丸テーブルと椅子があって、女性店員がコーヒーを出してくれた。
 洋服を受け取って、外に出たところ、偶然知人に会って話し込んだ。
 夕暮れの赤黒い雲が垂れ込めていた。
 早く家に帰ろうと思い足を速めると、ふと、ひどく身軽な感じがした。
 うそだ、確か洋服屋で洋服を受け取ってきたのだ。
 振り向くと道の反対側の洋服屋の看板がチラチラしている。
 仕方ない、もどって聞いてみようと、洋服屋の店にはいった。
 いらっしゃい、という声がして、店はさっきよりにぎわっている。
 さっき受け取った品物、忘れてませんか? と聞こうとして、店員に声をかけると、こちらに掛けてお待ちくださいと言われた。
 中央に椅子とテーブルがあり、スティックシュガーとミルクが置いてある。
 椅子に座ると、店員が水を置いた。
 ふと横を見ると見知った顔がある。
 あら、久しぶり、お元気でした。
 まあまあです。
 入院なさってたとか。
 マア、いつものことです。底値安定ですから。ふふふ。
 いいじゃないですか、プラス思考で。
 仕方ないじゃないですか、こんなポンコツなんですもの。
 あら! あの人、あの有名な作家じゃありません。まだ生きていらしたんですね。
 そうでしたかしら、最近は世事に疎いもので。誰が生きているのやら死んでいるのやらわからなくなりました。
 この年になると、知り合いも、死んでる人の方が多くなりました。
 年賀状も出すところが減りました。それでも喪中欠礼の葉書だけは、見知らぬ人からいただきます。
 亡くなった方の娘さんや息子さんからなんですね。
 さびしいですね。
 年をとるって、こういうことでしょうかね。

 お客様、お洋服が見つかりましたと言われ、紙袋を持って外に出る。
 もう外は漆黒の闇。
 一瞬、どこへ行ったらよいのか、見知らぬところに立ったような気がして、立ち尽くしていると、また知人に合い、話を一言三言。
 じゃあお元気で、と家に向かうとまた身軽な自分を感じる。
 ああ、また忘れてきたの。まさか、またあのお店に。
 お店の中は明るい光で満ちていて、何人かの見知った人がお茶を飲んでいる。
 マア、お久しぶり、今日はなんだか懐かしい人とばかり会いますね。
 私がジョークで言ったのがいけないんですよ。一度メイド喫茶に行ってみたいと言った人を、まぜっかえしたんですよ。
 そのうち行けますよ、冥土喫茶にって。

 やっと持って帰った喪服は葬儀に行かず使わなかったのに、こんな使い方をしなくていけないとは。
 あの方が命を絶つなんて、本当信じられないことです。
 そういえば、あの人の顔もあそこの喫茶コーナーで見たような気がしますが……。

2007年 掲載